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中山・下総・散歩道

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日蓮宗本山真間山弘法寺 行基・弘法大師ゆかりの古刹

弘法寺しだれ桜伏姫桜弘法寺参道階段
弘法寺仁王門弘法寺里見竜神の紅葉
真間山弘法寺は、行基菩薩または弘法大師空海による創建との伝えのある1300年以上の長い歴史と由緒ある市川市真間にある古刹。鎌倉時代後忌に日蓮宗にあらため、六老僧の一人日頂上人により整備され現在に至る。真間山弘法寺仁王門の扁額は弘法大師空海筆、仁王像は運慶作とも伝えられる下総の名刹。真間山弘法寺は、戦国期には下総の豪族千葉氏や太田道灌から寄進を受け、江戸時代には紅葉の名所として知られ、水戸黄門で知られる水戸光圀や小林一茶なども立ち寄るなど人気のスポット。江戸名所図会にも、真間山弘法寺の茶室から「江戸城」も見えるほど眺望がよいと紹介されていました。今では高層ビルに阻まれ皇居までは見えませんが、市内を見渡すことができます。万葉の昔から多くの歌人に親しまれた下総国葛飾郡真間の地の中心に建つ真間山弘法寺。春には伏姫桜とよばれる古木枝垂桜、秋には紅葉が楽しめます。

真間山弘法寺縁起


真間山弘法寺

真間山弘法寺は、略縁起によると、奈良時代、行基菩薩が真間の手児奈の霊を供養するために建立した求法寺がはじまりであり、その後平安時代、弘法大師(空海)が七堂を構えて「真間山弘法寺」とし、さらにその後天台宗に転じたとされる。
真間の地は、かつてはすぐ北に六所神社があり、国府が設置されていた古代以来の下総の国の中心地であった。そのためここに古くから寺院があった可能性は高く、本来は国府と密接にかかわる寺院であったとの推測もある。
鎌倉時代、この地に及んだ日蓮の布教をうけて、建治元年(1275)、時の住持了性が日蓮の弟子で中山法華経寺の開祖日常と問答の末やぶれ、日蓮宗に転じ、日常の子で六老僧の一人日頂を初代の貫主としたと伝える。
鎌倉末期の元亨3年(1323)には千葉胤貞により寺領の寄進を受け、延文3年(1358)の日樹置文によれば葛飾郡一帯や千田庄(多古町)に多くの寺領や信徒を擁していたことが知られる。また室町・戦国時代には山下に真間宿または市川宿といわれる門前町が発展し、賑わいをみせていた。
天正19年(1591)、徳川家康より朱印地30石を与えられ、元禄8年(1695)には水戸光圀も来訪したと言われる。
江戸時代は紅葉の名所としいて知られ、諸書に真間山弘法寺の紅葉狩りことが記されているが、明治21年(1888)の火災のため諸堂は焼失してしまった。その後明治23年(1890)に再建され、現在に至っている。
境内には、日蓮の真刻と伝えられる大黒天をまつる太刀大黒尊天堂、水戸光圀が賞賛して名づけたといわれる遍覧亭跡、袴腰の鐘楼、仁王門、伏姫桜とよばれる枝垂桜があり、小林一茶、水原秋桜子、富安風生などの句碑がある。
平成18年3月
市川市教育委員会。


参考
真間山弘法寺ホームページ
市川市ホームページ
真間山弘法寺内案内板
改訂新版「市川のむかし話」
新訂「江戸名所図会6」ちくま学芸文庫
ウィッキペディア

真間山弘法寺へのアクセスマップ

  • JR総武線・総武快速線「市川駅」徒歩15分
  • 京成本線「国府台駅」・「市川真間駅」徒歩10分
真間山弘法寺
千葉県市川市真間4−9−1

真間山弘法寺と万葉の里真間