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中山・下総・散歩道

大本山 正中山法華経寺 妙見堂

中山法華経寺 妙見堂

大本山 正中山法華経寺 妙見堂

毎年11月の酉の日に、妙見堂では妙見尊星大祭がとり行われ、妙見堂前には熊手を売る小さな市(露店)がたちます。中山法華経寺の酉の市です。地元の人、檀家の人が酉の市に妙見堂をおとずれます。中山法華経寺の酉の市は、とても小さな酉の市ですが、とても古い伝統のある酉の市です。

妙見信仰と酉の市

北の夜空をながめると、不動の星を見る事ができます。この星を北極星と言い、「北辰妙見大菩薩」はこの星を神格化したものです。一般には「妙見さん」として愛称されています。
つまり、妙見とは北極星、こぐま座α星の仏教語で、北辰妙見とも呼ばれる。
太古の中国では、太陽・月・星の運行を神秘的なものとして崇め、星を見て政事を行いました。そして、北天に輝く北極星を中心に天体が運行しているのを見て、この星を王として尊崇しました、それが妙見信仰の起源であります。中国では北極星を北辰と呼んだが、日本に入り仏教の妙見菩薩と結びつき北辰妙見と呼ばれるようになった。つまり菩薩の名、妙見菩薩をあらわし、北極星または、北斗七星を神格化させたもので、星曼荼羅(北斗曼荼羅)の中心を占め、単独で信仰されることは少ない。尊王星、または北辰菩薩と呼ばれることもあります。
しばしば北斗七星と混同される。
妙見菩薩は国土を守り、火難を除き、長寿をもたらし、眼病平癒、安産・良縁、貧しい人を救い、諸願を成し遂げさせる仏。また、北斗は天帝を守る剣であるという伝説から、妙見は武運を守ると信じられており、平将門、加藤清正などの武将が守り神としていました。日本の密教や日蓮宗では、この菩薩を本尊とし、眼病平癒のために妙見法(北斗法、尊星法)という修法を行う信仰がある。この菩薩を信仰する日蓮宗の信者の集まりを妙見講という。
図像としては、二臂像、四臂像、竜などに乗るもの、また掌の上あるいは蓮の上に北斗七星を描いたものが見られる。
また、北辰妙見大菩薩を神道では、「天之御中主神」と呼ばれています。日本に伝来し神仏習合され民間に広まり、様々な立場において重要な地位にあって篤く信仰されています。これは北辰妙見尊星王は、天の中央を定位とする北辰北極星と北斗七星)の御神霊であり、諸星諸神・方位方角を支配する尊い星の王であると讃称されており、 その絶大なる霊力を人間界に投射することにより、人間の星(=人間の運命)や全ての方位を守護・掌握する神様であると古来より伝えられております。
古事記の冒頭に 「天地初めて開けし時に成りませる神の名は天之御中主神」とあることから、天の中心に位置される北辰妙見尊星王と天之御中主大神とは同一の神様であると考えられています。
この北辰妙見尊星王は道教・陰陽道や易学・九星気学・風水学の根幹となる特殊神であり、あらゆる守護能力を発揮する神様として、庶民間に広く尊崇されております

中山法華経寺の酉の市

法華経寺の酉の市は祖師堂隣の妙見堂で11月の妙見尊星大祭の日に行われています。妙見堂には千葉家伝来の北辰妙見尊星が正法護持国土安穏除災招福の守護神として奉安されています。
妙見本宮千葉神社縁起によると、妙見は千葉氏によって代々熱烈に信仰していました。日蓮上人が宗門弘通の誓願をたてて千葉神社に参詣した際に、有難い奇瑞を頂きましたので 「この妙見尊こそわが宗門の守護神である」と讃嘆され、誓願成就の後に、細字法華経を自筆して奉納されたとあります。
酉の市について、千葉神社では、浅草の鷲神社や長国寺に祀られている「鷲妙見」は、千葉神社の御祭神「北辰妙見」より分化していったとされています。また同社の相殿にお祀りされている日本武尊様は、白鳥になって北天(=妙見様のもと)に旅立ったという伝説があることから、「酉の日」が願いの届けられる日と考えられたようです。
また、浅草の鷲在山長國寺のホームページによると、鎌倉時代文永2年(1265年)に日蓮大聖人が上総国鷲巣(茂原市)の小早川家(現在の大本山鷲山寺)に滞在の折、国家平穏を願って祈ったところ、明星(金星)が動き出し鷲妙見大菩薩現れました。それが11月酉の日のこととあります。

酉の市

酉の市というとやはり美しく飾り付けられた大熊手を売る露店が軒を連ねる市のことだと考えてしまいます。朝顔市やほうずき市と同様に、賑やかで華やかな市で売られている熊手に目が行ってしまいがちですが、辞書で調べると、「11月の酉の日に鷲(おおとり)(大鳥)神社の祭礼に立つ市」とあり、どうやら熊手が主役のの市ではなかったようです。鷲神社の御祭神は武運長久の神として知られる日本武尊で、多くの武士に信仰されましたが,庶民の間では商売繁昌・開運の神として信仰されたそうです。東京(江戸)とその周辺の関東地方で日本武尊をお祀りする神社を中心に酉の市は開かれています。熊手の始まりは、東京都足立区花畑の鷲神社で、金銀を掻き集めるというところから熊手が縁起物として売らてるようになり、酉の市と結びついたといわれています。また、熊手は、毎年少しづつ大きいものを買うなど、様々な風習があります。最初の酉の日を一の酉、次を二の酉、そして三の酉と呼びます。東京下谷の鷲神社の酉の市が有名です。とりのまち、お酉様と呼ばれ親しまれています。また、三の酉まである年は火事が多いといわれています。これは、酉の市に夫が出かけることを妻が諫めるための方便からでたとも言われています。

千葉氏

下総国千葉郡の豪族。
千葉国造流と桓武平氏良文流があるが、常兼を祖とする平氏流が有名。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて、千葉常胤、広常が出て、源頼朝の挙兵を援助した。常胤は源頼朝の信頼を得て下総守護職に任ぜられ、子孫は鎌倉時代を通じて下総守護をほぼ世襲するなど、幕府御家人の中でも特に重用され、北総に大きな勢力をふるう。
南北朝時代以後、一族が肥前の国でも勢力をふるった。
享徳の乱(1454)で、関東の千葉氏は一族分裂し、宗家の胤直が管領上杉氏に与したのに対し、庶家の康胤は古賀公方足利成氏方につき、胤直らを攻め滅ぼして宗家を継ぐが、1456年足利将軍義政軍の追討をうけて敗死。輔胤は古河公方方との関係を強める一方、本拠を佐倉に移して領国の国人統制につとめる。
その後、しばしば安房里見氏の圧迫をうけたこともあり、1538年第一次国府台(市川市)合戦後は北条氏綱に接近、利胤は北条氏康の娘と結婚し、胤富は領国支配を強化する。
1585年の邦胤の横死後、北条氏直の弟直重が家督を継承するが、1590年豊臣秀吉の小田原攻めにより滅亡。
相馬、東氏は千葉氏の支流。
また、千葉氏の信仰が篤かった法華経寺(市川市)を中心に勢力が強かった。他に藻原寺(茂原市)、本土寺(松戸市)などが有名である。安房では日蓮宗寺院妙本寺(安房郡鋸南町)があり、14世の日我は辞書「いろは字書」を執筆した。


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中山酉の市

中山酉の市(妙見大祭) 中山酉の市(妙見大祭)2 中山酉の市(妙見大祭)3 中山酉の市(妙見大祭)4 中山酉の市(妙見大祭)5 中山酉の市(妙見大祭)6

正中山法華経寺 妙見堂のアクセスマップ

正中山法華経寺 妙見堂

  • JR総武線下総中山駅下車 徒歩7分
  • 京成線京成中山駅下車 徒歩4分
  • 千葉県市川市中山2−10−1 正中山法華経寺境内

日蓮宗大本山 正中山法華経寺 境内ご案内

法華経寺本院

本院(大客殿)・鬼子母神堂(尊神堂)

本院の奥に鬼子母神堂があります。日蓮大聖人御親刻の鬼子母神像を安置されています。。怨魔退散、子育ての守護神として崇められています。
法華経寺の桜

法華経寺の四季

法華経寺の春は満開の桜に彩られます。夏は龍王池の蓮の花、秋は泣き公孫樹。大荒行入行会、大荒行成満会、節分会など季節ごとに趣があります。 また、春と秋には境内で骨董市も開かれます。

重要文化財祖師堂

祖師堂 大堂 国指定重要文化財

比翼入母屋造りのお堂。中老日法上人の作の日蓮聖人像が安置されています。両脇には当山歴代6祖の御像を奉安いたします。正面の大額「祖師堂」は本阿弥光悦筆。
重要文化財五重塔

五重塔(国指定重要文化財)

江戸時代前期元和5年(1622)18世正教院日慈上人代に本阿弥光室の本願により、加賀(石川県)前田公の寄進により建立されました。三間四面銅板葺。

重要文化財法華堂

法華堂(国指定重要文化財)

鎌倉時代文応元年(1260)創建。日蓮聖人自ら一尊四菩薩を開眼安置す。百日百座説法の霊跡。
重要文化財四足門

四足門(国指定重要文化財)

切妻造檜皮葺、約七百年前鎌倉愛染堂に在ったものを移築して法華堂の正門に立てたもの。

伊東忠太作法華経寺聖教殿

聖教殿

建築家伊東忠太氏の設計。法華経寺の寺宝を保管している。11月のお風入れの際には、その一部を公開しています。
清正公大神祇堂

諸願成就祈願堂 清正公大神祇堂

清正公大神祇とは、戦国武将で大壇越の加藤清正公没後、神仏の化身として信仰するようになったのだそうです。

法華経寺の荒行堂

荒行堂

三大荒行で知られる日蓮大聖人直授の秘伝、大荒行が行われる 11月1日より2月10日までの百日間、この建物で行われます。
法華経寺の仁王門

仁王門(赤門・三門)

三門・赤門とも呼呼ばれています。広壮な建物。扁額「正中山」は桃山から江戸時代に活躍した本阿弥光悦筆によります。

法華経寺の刹堂

刹堂

十羅刹女・鬼子母尊神・大黒様を安置し、罪障消滅の霊場として、参詣者が終日、太鼓の音を響かせている。甲子の日は特別祈祷が厳修される。
法華経寺の黒門

黒門(市指定有形文化財)

総門とも呼ばれています。古風にして雄大、太田資順筆の如来滅後、閻浮提内、本化菩薩、初転法輪、法華道場の額を揚げてあります。

日蓮聖人開眼八大龍王堂

八大龍王堂

日蓮聖人開眼の八大龍王を祠る御堂。雨乞の霊験ありと伝えられています。近年は商売繁盛の守護神として参詣者が後を絶ちません。
宇賀徳正神の本社

宇賀神堂

法華経寺の守護の宇賀徳正神の本社であり、財福の神として広く知られている。この裏手に清正公堂や太田稲荷が祀られている。

酉の市と法華経寺妙見堂

妙見堂

千葉家伝来の北辰妙見尊星を第3代日祐上人が正法護持国土安穏除災招福の守護神として奉安する。11月には酉の市も行われます。
法華経寺の奥之院

法華経寺奥ノ院

奥之院は日蓮聖人がはじめて説法をした地とされています。また、法華経寺第一世貫主、日常聖人が法華寺を建立した地です。

法華経寺の大仏

大仏(釈迦如来坐像)

享保4年(1719)法華経寺59世日禅上人代に鋳造され身丈1丈6尺台座2間半、鋳像では千葉県一を誇る大きさである。
日常聖人と泣き銀杏

日常聖人像と泣き公孫樹

中山法華経寺第一世貫主日常聖人の銅像です。奥之院にもあります。そして日常聖人と息子の日頂上人ゆかりの泣き公孫樹。

鏡池跡、絵馬堂、鐘楼堂

鏡池跡、絵馬堂、宝殿門、龍閑橋

法華経寺には重要文化財以外にも、鏡池跡、龍閑橋、宝殿門、鐘楼堂、そしてその周りには季節ごとに咲く花々があります。
本阿弥光悦ゆかりの法華経寺

法華経寺とゆかりの文人・芸術家

安土桃山から江戸初期にかけて活躍した芸術家本阿弥光悦のほか、連歌師宗長、明治の詩人正岡子規ほか法華経寺を訪れています。

桜の花見の名所中山法華経寺

桜のお花見の名所 中山法華経寺

中山法華経寺は桜のお花見の名所として、桜の季節にはたくさんの参拝客で賑わいます。