江戸幕府三代将軍徳川家光公献上石灯籠
江戸川区葛西の
行船公園内
平成庭園の西、中央の紅葉の並木道の東に広がる竹林の中に、江戸幕府三代将軍徳川家光公献上の石灯籠が置かれています。とても大きな燈籠で、高さはおそらく2メートル以上あります。燈籠に「大猷院殿尊前」と徳川家光公の戒名が記されています。脇に建てられた案内板には「江戸幕府三代将軍徳川家光公献上。慶安五年壬辰四月。約三百五十年前。陸奥磐城平城主従五位下内藤帯刀忠興」と書かれています。慶安五年は西暦1652年、家光公没後一年目にあたります。現在の福島県いわき市を当時知行としていた内藤忠興氏が家光公の一周忌を悼み献上したものなのでしょう。秋、竹林の周囲のたくさんの楓の葉が美しい紅葉に彩られ、この特大ながら飾り気のない石灯籠に色を添えてくれます。
磐城平城主 内藤忠興
内藤忠興:天正20年2月1日〜延宝2年10月13日(1592−1674)
戦国時代末期に生れ江戸時代初期に活躍した徳川氏の武将。内藤氏は三河時代から松平氏(徳川氏)に仕える譜代大名。天正18年(1591年)徳川氏の江戸入府により上総国佐貫(千葉県富津市佐貫)城主となった父内藤政長の長男として生まれる。通称金一郎、はじめ忠長、次いで帯刀と名のる。大坂の陣などで活躍する。父政長が寛永11年(1634年)陸奥磐城平藩(福島県いわき市平)7万石に移封され、忠興も菊田郡(同いわき市)に2万石与えられる。後に2代目平藩主となり、検地や藩内諸制度の成文法の作成、地誌の編纂や小川江の開削など藩政に尽力、大坂城代を2度勤め幕政にも貢献した。延宝2年、83年の生涯を終える。墓所は神奈川県鎌倉市の光明寺(鎌倉市指定史跡内藤家墓地)内にあります。
抜粋・引用および参考文献
江戸幕府三代将軍徳川家光公献上石灯籠前案内板
いわき市いわき総合図書館『企画展内藤風虎と「桜川」−磐城平藩と俳諧−』
いわき市いわき総合図書館『磐城平藩内藤家の人々』
鎌倉市「史跡一覧表」
鎌倉市ホームページ
講談社デジタル版日本人名大辞典
朝日日本歴史人物事典
江戸幕府三代将軍徳川家光公献上石灯籠の最寄り駅
- 東京メトロ東西線「西葛西駅」より徒歩12分
- 都営新宿線「船堀駅」より徒歩19分
- 東京都江戸川区北葛西3−2
都立宇喜田公園周辺の観光名所
一年中家族みんなで楽しめる北葛西の散歩道。
春は桜、初夏のツツジと菖蒲、秋は紅葉の名所として人気です。
行船公園内に造られた池泉回遊式の日本庭園。
源心庵の玄関前にはみごとな石庭が造られています。。
徳川三代将軍家光公献上の石灯籠
平成庭園の竹林の中に大きな石灯籠が置かれています。
行船公園の地を寄贈した葛西地域の発展に尽力した江戸川区の政治家。
春、ソメイヨシノと八重桜を楽しめる広々とした公園です。
葛西地域の開拓者宇田川喜兵衛の隠居所に建立された名刹。
春は梅、初夏と秋にはバラの花の楽しめる南北に細長く延びる江戸川区の児童公園。
江戸の水運の大動脈だった新川。今では、桜並木の美しい江戸情緒たっぷりの散歩道。
新川西詰中川・荒川放水路の土手や新川西水門広場の火の見櫓からの眺めは壮観です。
江戸情緒ある火の見櫓と水門跡のある広場。中川土手からは富士山も見える、桜も美しい広場。
江戸時代から葛西地域で続けられている霊場巡拝。
江戸川端、新川の南の地域にはたくさんの個性豊かな寺院があります。