親縁山了善寺は親鸞聖人ゆかりの行徳の陣屋跡に建つ古刹
親縁山了善寺は、江戸時代初期に徳川幕府が製塩業の保護と振興のため直轄領としていた天領行徳の代官
吉田佐太郎の陣屋跡と言われています。 また、浄土真宗の宗祖親鸞聖人が逗留されたとも伝えられている由緒ある南行徳の古刹です。当時は交通の要衝だったのでしょう、了善寺は、今では東京メトロ南行徳駅と今井の渡し旧跡の中間、散策にピッタリの場所に建つ寺院です。親縁山了善寺は
行徳浦安三十三所観音霊場第26番札所です。
親縁山了善寺
親縁山了善寺 由来・いわれ
応仁2年(1468年)、吉田佐太郎(慈縁)が浄土真宗宗祖・親鸞聖人より8代目の蓮如上人に帰依し建立。佐太郎より8代前吉田源五左エ門が下総の鎌田に住す頃、関東常陸より京都に帰る親鸞聖人がしばらく滞在された。その後聖人が帰洛を思い立ち名残を惜しむ源五左エ門等に自らの影像を刻みお残しになったといわれる。(その御影は現在香川県の善通寺親鸞堂にご安置されている)
親縁山了善寺 歳時・みどころ
山門を通り正面の御堂に親鸞聖人御逗留の際、袈裟を掛けたという「袈裟掛けの松」がある。
毎年11月7日に親鸞聖人の遺徳をしのび「報恩講」が謹修される。
親縁山了善寺門前案内板より
抜粋・引用および参考
親縁山了善寺門前案内板
市川市ホームページ
房総叢書 紀元二千六百年記念 第6卷葛飾誌略
親縁山了善寺の最寄り駅と住所
- 東京メトロ東西線「南行徳駅」より徒歩10分
- 千葉県市川市相之川2-12-18
行徳・浦安三十三所観音霊場札所巡りの 寺院所在地・住所のご案内
行徳・浦安三十三所観音霊場札所巡り 寺院一覧
※ 五番札所は所在地不明。九・十番、十六・十七番、十八番・十九番は統合。