仏性山法善寺|塩場寺として知られる第14番札所
小田原征伐後に江戸城に入城した徳川家康を喜ばせた行徳の塩田。領内一番の宝として、江戸時代行徳は天領として保護されていました。秀忠・家光の代に塩田も整備されました。
塩場寺の別名のある法善寺は、関西から「塩焼」の製法を伝えた河本弥左衛門により建立された、
行徳浦安三十三所観音札所第14番札所。法善寺本堂前の松の下に松尾芭蕉の句碑もある、緑豊かな名刹です。
仏性山法善寺(塩場寺)
仏性山法善寺(塩場寺) 由来・いわれ
慶長5年(1600年)、大阪から来て塩焼を教えたという河本弥左衛門が出家し、宗玄和尚と名乗り創建した。
当寺は、行徳の製塩に深い関係があったことから、塩場寺(しおばでら)と呼ばれている。
仏性山法善寺(塩場寺) 歳時・みどころ
本堂前の松の樹下を塩塚といい、そこに行徳の俳人たちが松尾芭蕉の百回忌を記念し、句碑を建立した。
「うたがふな潮の華も浦の春」
境内の庭には四万十川の巨石と、豊臣秀吉が京都聚楽第に集めたものと同じ石が配されており、四季折々の花木が彩を添えている。
行徳浦安三十三ヵ所観音札所めぐり第14番
仏性山法善寺(塩場寺)門前案内板より
出典・抜粋・引用および参考
仏性山法善寺(塩場寺)門前案内板
市川市ホームページ
仏性山法善寺(塩場寺)の最寄り駅と住所
千葉県市川市本塩1-25
東京メトロ東西線「妙典駅」より徒歩10分
仏性山法善寺(塩場寺)近くの観光名所のご案内
徳川将軍家や剣豪宮本武蔵ゆかりの歴史ある名刹。
枕返しの御祖師様や勝姫龍神伝説などのある松の美しい名刹。
仏性山法善寺
徳川家康を喜ばせた行徳に相応しい塩場寺。芭蕉の句碑もあります。
塩の街行徳の歴史を伝える、緑豊かな美しい古刹。
一所七福神廻りができる日蓮宗の古刹。
鎌倉時代創建の歴史ある古刹。夏に樹齢200年の百日紅が咲きます。